エーゲ海周遊(ギリシャ→トルコ) ⑥:パムッカレ
トルコの石灰棚温泉、パムッカレ。写真で見た白景色へと足を運んだ。
前回は、ギリシャからトルコに船路にて入国した際の記事を書いた。
今回は、トルコ屈指の観光地で知られるパムッカレについて。
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昨日のうちに予約しておいた、PAMUKKALE。
パムカッレ行きのバスかと思いきや、トルコ全域に渡るバス会社の名だ。
朝一でマルマリスから小型のバスに乗り、オトガルと呼ばれる長距離バスの発着するターミナルへ。その後パムカッレ村近郊の街、デニズリへとバスで目指した。
バス大国のトルコでは、長距離バスのサービスは充実している。
フリードリンクとスナックが休憩毎に配られ、備え付けのディスプレイでテレビや音楽、インターネットを楽しめた。
物珍しい子供のように、バスのネットワークから私自身のツイッターアカウントにログインし、呟いてみたりもした。
トルコ音楽を聴いていた。日本70年代の生音主体、歌謡ミュージックのようなサウンドが多い。
バスの窓から山を見ていた。マルマリスという海岸沿いの街から、いよいよトルコらしい内陸へと移り変わる景色をただ眺めていた。
基本的にトルコの人たちは気さくで、日本人の私たちに積極的に話しかけてくる。
「カメラ持ってるじゃん、俺たち撮ってよ。な、カッコイイだろ俺たち、仲良いんだぜ。じゃあな、行って来い若者。」
休憩中オトガルでの会話、断片的な記憶。
(後のイスタンブールでは親しく話しかけてくる人間から、かなりの痛い目を見ることとなるが、それでも郊外のトルコ人たちは基本的に親日だと感じた。)
何度か休憩を挟み、デニズリから小型のバスに乗り換えパムッカレ村へ。
OZMAY HOTELというホテルにチェックイン。
値段がリーズナブルで、部屋も綺麗だった。
昨日まで私と同じ名の日本人が 泊まっていたよと話すオーナー。
早速、ホテルからも見ることができるパムッカレへ。歩いて丘の上を登っていく。
石灰棚の入り口は、温泉の川で仕切られている。石灰棚上では土足厳禁というのがルールだった。
一歩目、温泉の川に足を入れた際の高揚感。
白かった。
石灰棚は硬いが滑る。温水の箇所と冷水の箇所があった。
入ることも可能で、沢山の人達で賑わっていた。
水質に関しては、セメントを薄めたような肌触り。
壮大な白景色については何時間でも見ていられる。
(実際、夕日が沈む前は2時間程ここに座っていた。)
石灰棚を登った先は丘となっていて、遺跡が立ち並ぶ。
ギリシャで遺跡を見てしまった後だったため、似たようなものに見えてしまったというのが正直なところだった。
そこで"家族"の漢字2文字の刺青を持った外国人カップルがいた。
バックパッカーカップルというものには一部憧れる部分もある。日本にはこの類のカップルはかなり少ないように思う。
"家族"の二人を見ながら私が旅のメモに唯一残していたことは、なぜ外国人は男女ともにあそこまでスタイルが良いのだろうか。ということだった。家族についてのコメントはなく、感受性の欠片もないものだ…。
パムッカレ石灰棚の上の遺跡には、入ることができる有名な遺跡温泉がある。
パムッカレ遺跡温泉と検索すると沢山の画像が出てくる。
私自身もルパン三世、カリオストロの城に出てくるような神秘的な場所だと胸を膨らませ訪れたが、実際は期待するほどではないクオリティだったように思う。
(素敵ではあったものの、期待のハードルを超えることができなかった。)
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そして、何度目かの夕日を待つ。
同じくらいの年齢だと見受けられるシンガポール女性が写真を撮ってくれと話しかけてくれ、それをキッカケに勝手ながらどこか心が通じ合ったように思う。
真っ白な石灰棚だったが、日が落ちていくごとに、分刻みで赤みを増していく。雲一つない完璧な夕日だった。山に沈んでいく太陽と、反射し色づく石灰の水面。
この旅、何度目の夕日だろうか。全て違う景色だ。
ゆっくりと時間をかけて夕日を眺めている時間がどれほど幸せなことだろうか。
この時、夕日を見ながら友人と話していた内容が記されたメモをそのまま引用する。かなり大口を叩いているが、自分の素直な気持ちが溢れていた美しい瞬間だったと思う。
"日本で行きたい場所はどこだろう。と話していると、身を投げ出して一人になってまで行きたいと思える場所、見たい景色はやはり少ないように思える。沢山の世界に行きたい。と二人で話していた。生きているうちは沢山の世界を見たい。"
誰かと一緒に同じ経験をして、"思い出"を作ることは日本の何気ない場所でも可能だ。私自身、そんな思い出が大好きであり、特に関西中には思い出が散らばっている。
しかし一人で見たい景色、見て心揺さぶられる景色、というのは海外の方が多いと感じる。(日本では屋久島の世界遺産区域はかなり良かった。)
単純なスケール感だけでなく、非日常感、匂い、空気感、異文化感。そういったものが効いてくるのだろうか。
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私が訪れた9月末はオフシーズンだったのだろうか、ここパムッカレには沢山の人で賑わっているとはとても言えないほどの人の少なさだった。
夕日が沈んだ後、ホテルへの帰路に人気は殆どなかった。
白い道と風の音、水の流れる音だけが静かに鳴り響いていた。
車が通らない道路と寂れたクラブ。鳴り響くアザーン。(イスラムについては次の記事で述べる予定だ。)
現地の人曰く、10年前の石灰棚は今以上に沢山の人で満たされており、美しかった。
今は温泉が枯渇してきているらしく、水面が枯れてしまう箇所が増えてきたそうだ。
10年後にはもう温泉が沸かないかもしれない。これが事実かは定かではないが、そう言わしめてしまう現実があるのは確かだった。
そういったことが重なり、どこか哀愁を感じざるを得ない夜だった。
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P.S.
トルコの肉料理の味付けは日本人にとってもマッチしていると思う。
左に写る、チャイという紅茶はどの店に入っても出てくる。